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ものづくり人探訪
「夢を喰う」
 
 
●高見俊雄
ステンドグラス作家。
日本現代工芸美術展入選、九州グラスアート展優秀賞をはじめ多くの賞を受賞。
また、難病の子どもを支援する会「がんばれ共和国」に参加するなど、福祉活動にも力を注ぐ。
福岡市在住。

 

 「夢は見るものではない、夢は食うものです」 二時間のインタビューの間、ステンドグラス作家、高見俊雄さんは何度もこの言葉を口にした。まさしくそれは高見さんの人生を象徴する一言だった。
  中学生の頃、初めて「デザイナー」という職業を知り、絵で飯を食うことを決意。高校卒業後、デザインを学ぶために上京した。
  以来、グラフィック、ディスプレー、ファッションと様々なジャンルの表現に携わるが、どれも自分の望むアートの世界とは違ったという。
 「結局、どれも直接商業に結びつくものばかりでしょ。それが僕には耐えられなかった。もっとアーティスティックなものを作りたかったんです」
  しかし純粋なアートを求める高見さんの次に待っていたのは会社経営という実業だった。父親が倒れ家業の運送会社を継ぐことになったのだ。
  そして1972年、第一次オイルショックの波を受け、会社は倒産。文字通 り、何もかも失った高見さんは、この時初めてステンドグラスと出会う。34才の時だった。「これぞ僕の求めていたものだと直感しました。どうせ全てを失ったんだ、自分の好きな絵への夢をもう一度燃やそうと思ったんです」
  試行錯誤の果てに見つけた表現手段。高見さんは以降、独学で自分だけのステンドグラス制作に没頭する。「それまでのステンドグラスはいわゆる様式美にのっとったものが多かった。僕の場合、自分の絵を伝えるのが第一の目的だったので、これまでにない抽象的な絵柄のステンドグラスが出来上がっていった。それがかえって新鮮だったのでしょうね」
  高見さんの作り出すオリジナルな世界は、やがて多く の支持者を得て、数々の賞を受賞する。が、モノを作る本当の喜びを知ったのは、難病の息子さんが生まれてからだという。
 「それまでの僕の作品はよく周りから怖いとか、きついっていわれてたんです。多分これまでのコンプレックスをエネルギーに変えて作っていたからでしょうね。いわば負のエネルギーですね。でも息子が生まれて彼が必死に病気と闘っている幼い姿を見るうちに、人間にとって一番大切なのは家族、そして人に対する愛情や優しさだと思ったんです。いや、息子が教えてくれた。ガラスはとてもデリケートなものです。生まれたばかりの赤ちゃんのように大事に扱わなければすぐに壊れてしまう。そんなデリケートなものを負のエネルギーで作ってはいけない。見る人が楽しく心が暖かくなるような作品を作っていくには、もっと人を愛し、心を磨くことが大事だ。それがガラスと息子が僕に教えてくれたことでした」
  真っ直ぐに相手の目を見つめながら話す高見さんの 表情は、おだやかで言葉の熱さと対照的だ。創作の秘密をかいま見た気がした。
  最後に、高見さんにとってモノを作るというのは何なのかを尋ねてみた。
 「そうですね、作品と共に心と心を織り成すということかな。つらいことや悲しいこと、そして嬉しいことを重ねて出来上がるもの。僕にとって作ることは、夢を織り成していくことですね」  高見俊雄、53才。今なお夢を食い続けるアーティストである。
 
 
 
 
 
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